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鏡の武将 黒田官兵衛 上田秀人著 - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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鏡の武将 黒田官兵衛 上田秀人著

◇ 書 名   鏡の武将 黒田官兵衛
◇ 著 者   上田 秀人
◇ 発行者   徳間文庫
◇ 発行年月日  2008年10月
◇ 著者略歴
  著者の上田さんは、1959年大阪生まれ。大阪歯科大学を卒業して、現在、歯科医を開業。傍ら作家活動をされています。

☆  章立て

 第1章  疾風の動
 第2章  功績崩壊
 第3章  新たな境地
 第4章  走狗の終
 第5章  円鏡如月

☆  あらすじ

 話は、信長が本能寺で明智光秀に討たれるところからはじまります。
 その悲報に接して茫然自失、泣き崩れる秀吉に官兵衛はこういいます。「ご運の開け給わるときでござる。よくなされたまえ」。この言葉によって秀吉の中国大返しは始まり、それから時代は秀吉を中心に大きく回転していきます。
 官兵衛は秀吉の軍師としてますます重用されますが、一方、秀吉は官兵衛の実力に対して恐れを抱くようになってきます。
 秀吉が、晩年、側近に秀吉以外で天下人になれる実力がある者は誰かと問われ、他の武将たちが徳川家康など有力諸侯の名を上げたのに対し、一人、黒田官兵衛の名をあげ、周りを驚かせたというのは有名な話です。
 この話には、これを伝え聞いた官兵衛が、秀吉に排除される危険を感じて隠居を決めたというオチがついていますが、官兵衛のめざましい働きを目の当たりにした秀吉が、官兵衛の実力に恐れをなしていたというのは本当のところだったろうと思います。
 官兵衛とともに両兵衛とうたわれた竹中半兵衛が、てんで権力に執着せず、哲学者風だったのに比べ、官兵衛には「とききたれば」という思いが、心の奥底に常にくすぶっていたのでしょう。

秀吉画像
                         (豊臣秀吉画像)

 「鏡の武将 黒田官兵衛」では、天下人となった秀吉の心理がどのように変化し、その変化の中で官兵衛をどうとらえていたか、そんな秀吉の変化を官兵衛がどうみていたかという心理をことこまやかに描きだしています。また、清洲会議に臨む柴田勝家など織田家の宿老やその他の武将の心理描写や神経戦の場面も読み応えがあります。
 最後は官兵衛自身が秀吉を見切ります。それは官兵衛の諦観という形になって表われるのですが。
 秀吉に人間的な魅力を感じていた官兵衛ですが、その秀吉も信長にはとても敵しないと悟るのでした。
 この本は秀吉と官兵衛という主従の心理のあやを鮮やかに書ききった佳作といえると思います。
 ところで、官兵衛は、一生涯、光という正室だけしか持たなかったといわれていますが、この本では側室がいたとされています。「ええっ」と思うところですが、これはどうなんですかね。作者がどういう史実を背後でつかんでいるのか知りたいものですね。
 ともあれ、「月の武将 黒田官兵衛」では官兵衛の前半生が、「鏡の武将 黒田官兵衛」ではその後半生が描かれていますので、これは是非に対で読みたいものですね。

      
     


 
 ここからは、上田秀人さんの作品紹介です。

                              

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