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初陣から青山・土器山合戦 - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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初陣から青山・土器山合戦

さっちゃん:官兵衛さんは生涯で1度も戦に負けたことがないって聞いたけど、ホント? そんなに強かったん?

かわず:強かったいうんはちょっと表現が違うやろな。官兵衛さんは小男でな、そんなに腕力ものうて、武芸に優れてたわけではない。そやから、戦場にあっても最前線で敵を圧倒するような力をみせつけるいうんやのうて、大将のそばにあって大将の指揮を補佐する、つまり軍師としての能力に秀でてたんや。官兵衛さんは、生涯、50数度の戦いに臨んだといわれてるけど、官兵衛さんが指揮をとった戦いで1度も敵に遅れをとったことはないといわれてるんや。

さっちゃん:よほど戦がうまかったんやね。

かわず:戦というんは、敵と戦場でまみえたときには、結果はほぼみえてるといわれてる。というんも、敵とまみえる前に、調略といって、敵方の有力武将を味方に取り込んだり、情報戦を展開して敵の弱点を捜し当てたり、ありとあらゆる手練手管で戦を勝利に導くための前準備をする。官兵衛さんはこの敵の調略が得意やったんや。それも誠心誠意をもって相手を説得する調略を得手としてた。敵方もあの官兵衛さんがいうんやからと、その調略に応じることも多かったようやで。

さっちゃん:へえ、そうなんや。官兵衛さんはどこでそんな技術を身につけたんやろ?天性のものやったんやろか。

かわず:まあ、そのな話は、官兵衛さんが関わってきたあれこれの戦のことを話す中で考えていくとして、今日は、まず、官兵衛の初陣から、官兵衛さんの名を高らしめた青山・土器山合戦までについて話をしようと思う。さあ、その前に喉を潤そう。さっちゃん、ビール、ビール。

さっちゃん:もう、すぐそれやから。まだ昼過ぎよ。仕方ないわね。1本だけよ。

かわず:官兵衛さんが初陣を果たしたんは17歳のときや。この頃、官兵衛さんは、ご主人、小寺政職の近習として小寺氏の本拠、後着城に出仕してたんやけど、親父の姫路城主、小寺職隆にしたがって初陣をはたしてる。ただ、残念ながらその初陣の模様は伝わってへん。きっと、近隣の小豪族か山賊もどきが村落を荒らすかなんかして、それを追い払うために出陣したんやろな。姫路城主が出張ってきたいうんで、敵は大慌てで退散したんやないやろか。ちょっとした小競り合いぐらいはあったかもしれへんけど、敵、味方、双方に死傷者はでなかったに違いない。まあ、戦というほどのものじゃなかったやろ。で、記録には何も残ってないんや。まあ、初陣というにはやや物足らんもんやったやろな。

さっちゃん:またまた、見てきたみたいな言い方して。で、次の戦は?

かわず:次は本格的やで。官兵衛さんは22歳のときに、親父さんから家督を継いで姫路城主になってる。それから2年度のことや。もともと、播磨国は室町時代から赤松家が守護として治めていたんやが、戦国時代になって没落し、西に赤松氏、中央に小寺氏、東に別所氏と、小豪族が割拠してあい争うようになってた。特に赤松氏は赤松政秀の代に、往年の栄華を取り戻そうと、近隣を侵蝕し始めてたんやが、この赤松政秀が東の別所氏と手を組んで、小寺氏を攻めてきたんや。

さっちゃん:そりゃ、両方から攻められたら大変やね。で、どうなったん?

かわず:まず、今のたつの市にあった龍野城に本拠を置く赤松政秀が、3000人の兵を率いて官兵衛さんの守ってる姫路城を攻めてきた。姫路城の手勢は300人。10倍からの敵勢や。まともに戦って勝てる相手やない。そこで官兵衛さん、どうしたかというと、相手から仕掛けられる前に先手を打って、官兵衛さんの方から奇襲をしかけた。赤松側は、官兵衛さんがまさか300人という少人数で攻めてくるとは思うてへん。せいぜい、城にこもって本家の小寺氏からの援軍を待とうとするやろという考えやったから、この奇襲に大慌てや。まんまと奇襲は成功して政秀を潰走させた。  

 政秀としてはこの結果が業腹で仕方ない。体制を整えなおして1年後に、また小寺氏に戦を仕掛けてきた。官兵衛さんは、夢前(ゆめさき)川の土器山というところに、こんときは小寺氏から2000人の援軍を得て対陣した。ところが、この援軍が油断をして、夜襲を受け、叔父の井出友氏(いでともうじ)が戦死するなどの甚大な被害をうけてしもうた。  

 大事なんはここからや。通常なら、こんな被害を受けたら防戦に回って体制を整えなおそうと考えるやろが、官兵衛さんは違った。相手は夜襲の成功におごって油断してると読んだんや。官兵衛さん、その夜のうちに逆襲に転じて、政秀の本陣に攻め込んだ。勝ち戦に油断していた赤松側は虚をつかれて、たちまち敗走するしかなかった。これが世に言う青山・土器山合戦
 この戦で小寺氏に官兵衛ありと近隣にその名を高らしめたいうことやで。

さっちゃん:ホンマ、あんた、見てきたような口ぶりやね。

かわず:興に乗ってきたな。よし、続いての合戦、毛利氏との英賀(あが)合戦についても話そか。さっちゃん、ビール、もう1本!

さっちゃん:ダメ、今日はここまで。買い物についてきてくれる約束でしょ。ちゃっちゃと用意していくわよ。

かわず;チエッ、いいとこやのに。残念無念、ああ、涙。

播州の小京都-龍野の千本桜
                (播州の小京都ー龍野の千本桜)

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