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母里太兵衛 - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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母里太兵衛

■ 母里太兵衛はどんな武士?

 母里太兵衛、幼名は万助。大柄で剛強な体格に髭面(ひげづら)といういかめしい顔立ちで槍の名手だった。天正元年(1573年)印南野(いなみの)合戦で初陣を果たして以来、負け知らずの猛将として武功は数知れない。生涯にあげた首級は76。黒田八虎の中でも群を抜いている。

母里太兵衛画像

■ 母里太兵衛と栗山善助

 黒田軍では栗山善助(→別ページ)と先手両翼の大将をつとめることがおおかった。その善助とは、官兵衛が義兄弟の契りを結ばせ、生来、粗暴、剛直、無分別で、主君である長政さえ手を焼いたといわれる太兵衛も、善助だけには素直に従ったといわれる。官兵衛が有岡城の土牢に押し込められた際には、善助と一緒になって有岡城落城時に官兵衛を救出している。

■ 黒田節

 さて、その母里太兵衛。太兵衛が人々によく知られるようになったのは、その武勇もさることながら、あの「酒は飲め飲め、飲むならば、日の本一(ひのもといち)のこの槍を、飲み取るほどに飲むならば、これぞまことの黒田節」と歌う民謡「黒田節」が母里太兵衛そのひとを歌ったものだったからである。
 ある年、太兵衛は福島正則に年賀の使者にたつことになったのだが、無類の酒好きで、性粗暴な太兵衛のことであるから、正則のところで祝い酒を飲むと何をしでかすかわからないと考えた主君、長政は、太兵衛にこの日ばかりは酒を飲んではならぬと厳命した。
 主君の命は絶対であるから、さすがの太兵衛も、正則が飲めばなんでも好きなものをとらすといくら酒を勧めても飲もうとしない。業をにやした正則が、「太兵衛も噂ほどではないな。黒田武士とはたかだかその程度か」と挑発すると、太兵衛、自分のことを侮辱するならまだ我慢のしようもあるが、藩を侮辱することは許せないと、主君の禁をやぶり、黒田藩の名にかけて、三升入り漆塗りの大杯を一気に飲み干し、それでは飽き足らず、続けざまに2杯の酒盃を飲み干した。 
 飲み終わると、約束の褒美にと、床の間に飾ってあった、第106代正親町(おおぎまち)天皇が将軍足利義昭に下賜し、義昭から織田信長へ、信長から秀吉へ、秀吉から正則へと譲られてきた天下の名槍「日本号」を所望し、見事、これを手に入れたのである。

■ 日本号の行方

 この日本号は、慶長の役で太兵衛の窮地を救った後藤又兵衛に受け継がれたが、又兵衛の黒田藩出奔の際に母里家に返還。長らく母里家の家宝であったが、後、所有者が転々とし、現在は福岡市に寄贈されて、福岡市博物館で現物を見学することができる。
 
 母里太兵衛もNHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」で、結構、出番はありそうだ。誰が演じることになるのだろう。剛直、髭面、大柄な体躯。やや粗暴な性格、無分別とくれば宍戸開あたりか。でも年齢がなあ・・・・・・。


日本号

                                                 ( 日本号を持つ母里太兵衛像ー福岡市ー)

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