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「功名が辻」 司馬遼太郎著 読後感  - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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「功名が辻」 司馬遼太郎著 読後感 

■ 功名が辻 (1)(2)あらすじ 

 功名が辻は、文春文庫から(1)~(4)が出版されており、(2)を読み終えたあたりで読中感を書いた(→読中感)。
 織田信長に仕えた後、羽柴秀吉の家来となり、秀吉が織田家中で累進するにつれて、一豊もそこそこに石高を増やしていく。秀吉は遂に天下人となり、武功のあまりない一豊は同輩の中でも出世は遅いが、それなりの地位は得る。
 天下人となった秀吉に徐々に専横の行いが目立ち始め、遂には自らの後継者と定めた関白、秀次に謀反を疑いをかけ誅殺する。ここまでは(1)(2)の内容である。

■ 功名が辻 (3)(4)あらすじ

 (3)と(4)では、秀吉から人心が離れ、秀頼の今後を、前田利家や徳川家康などの大老に託して死亡したあと、徳川家康が天下人への道を歩みだす。豊臣恩顧の大名たちは、西方、石田光成に従うか、東方、徳川家康に随順するかの選択を迫られ、一豊は徳川方につくことを決意する。そして関が原の戦い。
 この戦いに勝利した家康は、武功の目立たない一豊ではあるが、その律儀な性格を高く評価し、土佐24万石を与える。しかし、土佐は「一領具足」と呼ばれる土着の武士団が、山内家に対して叛旗を翻すなど、統治がままならない。一豊は、この一領具足を従える方法として徹底した弾圧方策をとったのだった。

■ 土佐藩の「郷士」

 土佐藩の武士階級は、他藩とはやや異なり、上士と郷士と呼ばれる階層に明確に二分されていた。郷士は上士より一等、下級の存在で、上士が道を通るときはその行く手をさえぎることは許されず、道脇に平伏しなければならなかった。
 かの坂本竜馬や武市半平太、岩崎弥太郎なども郷士だったから、随分、上士から迫害を受けている。数年前のNHK大河ドラマ「竜馬伝」でも、郷士が上士にどんな迫害を受け、どういう思いをもっていたのかが丁寧に描かれていた。
 なぜ、土佐ではそのような身分制度がつくられたのか。それは、関が原後、長宗我部氏に代わって山内氏が入部した際の、一豊による、当時「一領具足」と呼ばれた土着武士団に対する徹底した弾圧政策に起因している。
 一豊は、一領具足のあまりの抵抗に業を煮やして、なんら罪のない土着の若者を相撲大会にかこつけて呼び集め、大虐殺を行った。つねづね、そのような強攻策ではなく、一領具足の中から人材を登用するなど撫民政策を一豊に進言していた千代は、事が起こった後に虐殺の事実を知って、一豊を責める。それが「功名が辻」の結末になっている。少々、長くなるが引用しておこう。

 「仕方がなかったのだ」
と伊右衛門(注:一豊のこと)はいった。
 「やむを得なかった。思い切ってやってみたところ、結果はよい。あれで国中が戦慄し、国主の権の重さを思い知ったようだ。千代、考えてもみよ。反乱と討伐をくりかえしていれば人死(ひとじに)はきりもなく出る。種崎で一網打尽にしたためにこれで流血はなくなるのだ」
 伊右衛門は、そのことをくりかえしくりかえししゃべった。
 千代はしまいには、
 「おなじことばっかり」
と、笑ってしまったほどだった。
 「千代が納得せぬからだ」
 「納得しています」
 「おお、納得してくれるのか」
 「ええ、一豊様は馬鹿でいらっしゃるということだけは」
と、小さな声でいった。
 伊右衛門はあきれた。
 「わしがばかだということをなっとくしたのか」
 「仕方がございませんでしょう? これほどの大国の国主におなりあそばす御器量がなかったのだ、と千代はあきらめました」
 「ば、ばかな」
 「一豊様のご家来衆もそうでございます。せいぜい掛川6万石の所帯をきりもりするだけの連中が、にわかに大国の運営をせねばならなくなったのですから、領民がさからえばもう突く斬るの方法しか考えられないのでございましょう」
 「千代、口が過ぎるぞ」
 「されば千代をお殺しあそばしますか」
 「これ、千代」
 「千代が逆らえば千代を殺す、それがあたらしい山内家のやりかたでございましょう。一豊様、どうぞ」
 と、千代は婉然(にっこり)と笑った。
 「千代、何をいう」
 「深尾湯右衛門らにもそう申されませ。湯右衛門らの妻女がさからえば鉄砲で殺せ、子が口ごたえすればそれも殺せ、と。それが山内家の家風であると」
 「妻子が殺せるか」
 「領民もおなじでございましょう。国をおさめるのは家をおさめると同じ精神だということを古聖賢は申しております。妻子を殺すに忍びなければ領民を殺すこともおやめなさるべきでした」
 「千代、もういうな」
 伊右衛門は、泣きそうな顔になった。千代が目をそむけたくなるほど無能な表情だった。
 「申しませぬ。ただ、わたくしども夫婦の半生の努力が、結局は土佐の領民の命を奪う結果にしかならなかったのか、と思うと、なんのためにきょうまで生きつづけてきたのやら、悲しかったのでございます。しかし申しませぬ。申しても詮ないことでございます」
 「わしが馬鹿で無能だからか」
 「早く申しますと、左様なことになります」
と、千代は苦笑した。


 この結末に、司馬遼太郎が考えた一豊と千代との力関係がよくでている。一豊はたいした武功もない平凡な律儀だけが取り柄の武将だったが、千代という賢妻を得て、最後には土佐24万石の領主にまで立身することができたのである。一豊は千代が一世一代をかけて作り上げた1つの作品だったというわけである。
 はて、本当にそうだろうか? 功名が辻は物語としては、司馬遼太郎の筆の冴えで大変おもしろく読めるが、史実がそのとおりだったかはやや疑わしいように思える。

■ 永井路子の「一豊」論 

 本書の解説で、永井路子氏はこんな風に書いている。引用しよう。

 ・・・これも司馬さんと話したことだが、千代の周辺をさぐっていって、司馬さんがおもしろいと思ったのと反対に、むしろ私は、夫の一豊という男がおもしろくなったのである。あの戦国乱世に、織田、豊臣、徳川に仕え、終わりを全うした家は、山内とか細川とか、数えるほどしかない。これは、山内一豊がいわゆる槍ひと筋の武功型の武将でなかったことが幸いしたのっではないかと思う。ちょっと見には、華やかな武者働きが戦国武将的でおもしろいが、むしろ、地味な外交、政略などの総合力によらなければ、命は保てない。腕っぷしの強いだけの武将が次々脱落するのはこのためだ。秀吉や家康は、戦陣の駆引きもうまかったが、彼らが天下をとったのは、むしろ外交、政略のたくみさによるところが多い。一豊にいたっては、武功の方は極めてお粗末だ。朝倉攻めに、敵方の武将、三須崎勘右衛門の首をとった事ぐらいであろうか。それだけに外交、政略の才はかなり評価されていいと思う。
 私はこの人物に、小型の家康を感じている。がまん強さ、息の長さ―。かっての同僚に次々追い越されても黙々と地道に生き、遂に戦国から徳川三百年を生き通す基礎を作るのである。この彼に賢婦千代の伝説がまつわりつくということは、ある意味では理由にないことではない、という気がしている。


 千代ばかりが偉かったのではない。武功という点では貧相な一豊だが、それをおぎなうに十分な外交や政略において智略を発揮したのだろうと、私も思う。そういう意味では「功名が辻」は小説としておもしろいには違いないが、やや千代の実力を買いかぶりすぎている、そんな気もしている。

■ 功名が辻を読もう

 某週刊誌の映画評風に、①一食抜いてもぜひ ②読むだけの価値はあり ③お暇ならどうぞ ④ソンするど、きっと の4段階で評価すれが、やはり、小説巧者、司馬遼太郎の読ませる本である。迷わず①と答えよう。とくに秀次の誅殺とその正室、側室等や子らの皆殺しの場面、関が原における一豊の心理描写などが圧巻だった。

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