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不可思議な武将 荒木村重 - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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不可思議な武将 荒木村重

■ 荒木村重という武将

 他の記事(→記載ページ)で、荒木村重という武将は、毀誉褒貶定まらない武将だと書いた。遠藤周作の「反逆」(→紹介ページ)を読み終えて、まさにそのとおりだと感じる。

 池田勝正に仕える1武将が、数年の間に主人である池田勝正を追放し、高槻城主、和田惟政を打ち、さらに伊丹城主、伊丹親興を下して、摂津国30数万石の武将にのし上がったのである。これは戦国時代にあっても数少ない事例だ。運も強かったのだろうが、やはり、村重に武将としての実力が備わっていたのだろう。


荒木村重

■ 有岡城脱出

 そんな村重が、有岡城の籠城戦では、数人の部下とともに城を捨てた。これは、村重自らが毛利に援軍を求めることこそが必要だと考えたにしても、いかがなものかと思う。それに、もう有岡城が陥落するという間際になって、投降するよう求められても、これを拒否している。
 そこには、三木城の別所長治、高松城の清水宗冶、鳥取城の吉川経家たちのように、自らの命を投げ出すことで城兵の命を救った武将としての清廉さが見られない。卑怯ともみえる。

■ 人質の解放

 一方、村重は人質を殺すことをしなかった。息子、村次に嫁いできた明智光秀の娘を、有岡城籠城時に光秀の下に返しているし、人質としてとった高山右近の娘たちも、高山右近が寝返ったときに殺すことをしなかった。
 官兵衛のことにしてもそうである。殺そうと思えば簡単にそうできたはずだが、牢に押し込めて殺そうとはしなかった。
 食うか食われるかの戦国時代にあっては、優しさはときに罪である。とくに1国1城の主ともなると、領地を、部下を守り通さなければならないのだから、ときには非情冷徹であることも求められる。
 そういう資質があったからこそ、数年で織田家中でも有数の武将になれたはずなのに、この優しさはどうだろう。

 村重はまさに、毀誉褒貶相半ばする不可思議な武将である。

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