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第4回放送「新しい門出」-26.1.26ー(その③) - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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第4回放送「新しい門出」-26.1.26ー(その③)

第4回放送「新しい門出」-26.1.26ー(その②)から続く

さっちゃん:さあ、いよいよ光(てる)さんの登場やね。

かわず:その前に足川義昭の驀臣のことを少し話そか。先週の「軍師官兵衛」では、「どこかに余とともに松永・三好を討とうという気骨のある武将はいないのか!」と憤慨する義昭さんのそばに陪席してたんは、春風亭小朝演じる明智光秀と細川藤孝やった。この2人は、織田信長や秀吉時代にも活躍したから有名やな。時代物すきやったら誰でもしってる武将や。
 
 この2人のほかに、実はもうひとり、義昭はんには有能な幕臣がいてた。和田惟政(これまさ)や。なんで、この武将の話をするかというと、この和田惟政という武将、ぼくらの住んでるここ高槻に縁が深いからやねん。

 もともとお坊さんになってた義昭はんを還俗さして、将軍にすえようと画策したんも和田惟政で、義昭はんが還俗して諸国を渡り歩くようになってからも、ずっと義昭はんと一緒に行動してた。そういう意味では、明智光秀や細川藤孝よりももっと、義昭はんに忠実な幕臣ともいえる。  
 
 その惟政さん。義昭はんが信長の力で第15代将軍となってから、信長によって高槻城主をまかされた。ほんで、1571年、松永ら三好三人衆と手を結んだ池田知正を討つため出陣して、当時、三好三人衆と手を組んでた荒木村重に、摂津国白井河原の戦い(茨木川畔)で敗れて戦死した。
 
 このとき、和田惟政の首級をあげたんが、後の茨木城主、中川清秀やねん。さっちゃんも地元やから中川清秀の名前は知ってるやろ? 
 
 茨木城主になってからも荒木村重に付き従って行動してたんやが、摂津本願寺との争いのときに、籠城してる本願寺側に中川清秀の配下が米を横流ししたのが織田方に見つかった。
 
 信長に、村重に逆心あり思われたら最後やいうんで、村重が信長のとこに陳弁にいこうとするんを、「いったん、信長に疑われたら最後や。殺されにいくようなもんや」いうて、清秀は村重を強く引きとめたいわれてる。

 そんなこんなで、結局、村重は信長に反旗を翻して有岡城にこもり、それを翻意させようと説得にいった官兵衛が幽閉されることになる。そういう意味では、官兵衛の幽閉の遠因を作ったんは中川清秀やいう見方もできる。まあ、これはちょっと牽強付会やけど。
 
 この清秀。村重が籠城を決めたときは、その判断にしたがって信長に徹底抗戦するいうてたんやが、信長から「わしの養女を嫁にくれてやる。領地も増やす」という甘い餌を与えられたら簡単にこの餌に飛びついて寝返ってる。

 まあ、乱世やから仕方ないとはいえ、あんまりほめられた武将やないな。このとき、村重から高槻城をまかされてたんが、あのキリシタン大名で有名な高山右近や。官兵衛がキリシタンになったんも高山右近の誘いがあったからやという説もある。
 
 まあ、こんな風に武将同士はつながってるんやな。近くやから、昨日、その和田惟政が敗れたいう白井河原戦場跡地とその近くにある清秀の生誕の地とされてる場所にいってきた。これがその写真や。

250531白井河原①

250531白井河原②

中川清秀、中河原②

中川清秀画像
             (中川清秀)
 
 実は、これらの場所は、俺の勤務地に近いんでなんどもいってる。これから、軍師官兵衛のドラマの中で、高山右近も中川清秀も何度か出てくるやろから、こうしてそのドラマの場所が身近にあるいうんは、ドラマそのものを身近に感じることができて楽しいな。

さっちゃん:えらい長い薀蓄やったね。ようわかったから、はよう光(てる)さんの話にしよ。

              第4回放送「新しい門出」-26.1.26ー(その④)に続く


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