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第4回放送「新しい門出」-26.1.26ー(まとめ) - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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第4回放送「新しい門出」-26.1.26ー(まとめ)

さっちゃん:昨日、はじめて「軍師官兵衛」を観たけど、結構おもしろかったやん。

かわず:へ、どんなとこが?

さっちゃん:あの赤鼻のお殿さん。なんてったっけ? 演じてるんは片岡鶴太郎やろ。なかなか愛嬌があってよかった。それに足川義昭。自信なさげにいつも明智光秀の方に視線をおくってるんよね。その様子がいかにも薄っぺらな将軍様って感じでよかったわあ。
 明智光秀といえば、切れ者の学者風って印象やん。それを落語家の春風亭小朝が演じるっていうのも、現実との落差があっておもろいやんか。

かわず:へえ、さっちゃんも、結構、いろんなとこ観てるんやな。あの赤鼻のお殿様は小寺政職(まさもと)、小寺家の当主で官兵衛の主君や(→コチラ)。
 昨日のドラマでは、官兵衛を小寺家に取り込んだろと、官兵衛のことを、我が息子、斎(いつきー政職の嫡男ー)の兄さんやと思てる。おまえだけが頼りやなんて、歯の浮くようなこというて官兵衛を喜ばせてたけど、実はこれがなかなかの狸なんや。
 ネタバレになってしまうけど、後に、信長方から毛利方に寝返ったときには、官兵衛を荒木村重(→コチラ)に売るなんて卑怯なことをしてまう。
 昨日のドラマでも「はて、どうしたもんか、ここが思案のしどころよのう」なんてこというて、いっかな自分では結論をようださへん。優柔不断な殿様なんや。冷酷で非情な一面もある。猜疑心も強い。けど、あの赤鼻に象徴されるように、どこか憎めんとこもある。まあ、こっけいな妖怪みたいな殿様やな。俺も、片岡鶴太郎はそんな感じを、確かにうまく演じてる思うわ。

小寺政職

 ところで、昨日、初登場の、官兵衛さんの嫁はんになった光(てる)さん(→コチラ)はどう思う?

さっちゃん:中谷美紀では、ちょっとトウが立ちすぎやない? どうみても姉さんの力(りき)はんの方が年下にしか見えんかった。若々しい官兵衛さんの奥さんやから、もうちょっと若うておぼこそうな女優さん、いてへなんだんやろか?

かわず:うーん。さっちゃんの評はきびしいな。けど、中谷美紀はええ女優さんやで。和服もよう似合うし着こなしもうまい。今年の日本アカデミー賞では、市川海老蔵が利休を演じた「利休にたずねよ」で、利休の後妻、宗恩(そうえん)を演じて、助演女優賞をもらってる。「仁」での中谷美紀もよかった。俺は、とくに「阪急電車ー15分の奇跡ー」が好きやったけどな。

さっちゃん:きびしいこと、もうひとついわせてもらうと、官兵衛さんのお父さん、小寺職隆(もとたか)役の柴田恭平は、昔からやけど、相変わらず演技が下手やねえ。なんか言葉の抑揚がヘンなのよねえ。

かわず:これまた、手厳しいな。けど、確かに俺も、柴田恭平ファンには悪いけど、お世辞にも柴田恭平の演技はうまいとはいえんという気がする。官兵衛が有岡城に幽閉されたときには、黒田家の命運をかけた決断をしなければあかんのやから、セリフや仕草にも、こう、ドスンと座り込む感じがほしいよなあ。声の調子がちょっと軽すぎるんかもしれん。

小寺職隆

さっちゃん:足利義昭役は吹越満でしょう。なんか人任せで頼りなげな感じ。それに酷薄で軽躁なとこもある。ぴったしの役柄やね。
 光秀役の春風亭小朝も落差が大きゅうて、これから信長にいじめられてそのいじめをどんな表情で耐えるんか、どんな声だして「敵は本能寺にあり」なんて雄たけぶんか、今から楽しみ。

吹越満

明智光秀

かわず:どんどん楽しみが広がっていくな。
 昨日は、官兵衛がおたつとの恋の痛手から立ち直って、職隆の後継者として立派に育ってきた場面に始まって、政職が斎(いつき)という嫡男を得て、政職の心の中に、小寺家内で実力を蓄えてきた官兵衛の父、職隆が、小寺家を乗っ取るのではないかという猜疑心がうまれ、それを防ぐためにもなんとか息子の官兵衛を取り込もうとする。そこで、小寺家の縁戚でもある櫛橋家の長女、力との縁組を画策するも、櫛橋家から官兵衛と同じく近習として出仕している、櫛橋家の長男、左京進の讒言で、力がこの縁組に猛反発。官兵衛とは一度会って心憎からず思っている次女の光(てる)が、それならこの私がお嫁にいきましょうと名乗りでる。二人は初夜の夜、お互いに心憎からず想いあっていたことを知る。職隆は、政職の黒田家に対する猜疑心をこのままにしておいたのでは、黒田家はいずれ政職に滅ぼされるか、追放の憂き目にあうことになると察して、官兵衛に家督を譲ることを決断する。
 一方、中央政界では、難航不落といわれていた美濃の稲葉山城が、秀吉の調略により陥落。いよいよ信長が「天下布武」を唱えて、流浪の将軍、足利義昭を擁して京に上ろうとする。
 こんな具合の展開やったけど、次にその内容を、もう少し、詳しくみていこか。

(ドラマの内容)

■ 立ち直った官兵衛 

 母里武兵衛、善助(→コチラ)と3人で、堺に鉄砲の買い付けにいき、これまで経験したことのない広い世界に接し、やっと、官兵衛はおたつを失った悲しみから立ち直ります。
 
 武兵衛の父、母里小兵衛(→コチラ)が奉行をつとめる川の堤防工事にやってきて、「この堤ができれば米のとれだかは今までの倍になり、みんなの暮らしも豊かになって、年貢が増えるぞ」そういいながら、農民に混じってはつらつと立ち働きます。
 そんな官兵衛の姿をみて、官兵衛のもり役だった小兵衛は、思わず涙ぐむのでした。
     

■ 足利義昭

 ときは永禄10年(1967年)あたりのことです。第13代将軍、足利義輝が松永久秀と三好三人衆に暗殺されて数年が経っても、征夷大将軍は空席のままで、松永久秀と三好三人衆の間にも内紛がおこり、畿内一円が戦場と化し、室町幕府は衰亡の一途をたどっていました(→コチラ)。

 ここに足利義昭(当時は足利義秋といっていて、第15代将軍になったときに義昭と称するようになりましたが、ここでは便宜上、義昭で通します)という人物がいます。足利義輝の実弟です。
 足利義昭はお坊さんになっていましたが、義輝が暗殺されてことで還俗し、征夷大将軍の席を狙うようになりました。
 
 しかし、その実力はありません。そこで、有力大名にお願いしてその庇護を受け、京に上って、憎し兄の仇、松永久秀と三好三人衆を討とうと考えたのです。
 
 まず、頼ったのが越前の有力大名、朝倉義景でした。しかし、義景に京に上ろうという気はありません。
 ドラマは、言を左右して煮え切らない義景の態度に業を煮やす義昭の姿を写します。

 「余とともに、京に上って、松永と三好を討つ気骨のある大名はいないのか!
 
 陪席している義昭の陪臣、明智光秀にやつあたりです。

 「武田も上杉も北条も、隣国に難題を抱えていて、とても上洛などできる状況ではありませぬ

 「織田はどうじゃ、信長にはその思いはないのか!

 「とても、とても、無理でございます

 「ええい、さすれば全国の有力大名に、余とともに上洛せよとの書状をだせ!

 こうして、義昭の書状(「御内書」と呼ばれた)が全国の有力大名の間を駆けめぐるのです。

■ 義昭の書状

 場面はかわって、ここは御着城の評定所。職隆など重臣が居並ぶ中で、政職が「これをみよ。義昭様からの書状じゃ。余とともに上洛せよとの仰せじゃ」そういって、鼻高々に重臣たちにその書状を披露します。
 それを聞いた重臣の一人、小河良利(→コチラ)が「越前のような遠国にまで殿の名前が鳴り響いているとは」とおべっかを使い、政職もまんざらではない顔つきのところに、職隆が「実は私のところにも同じ書状が・・・」といって、政職にその書状を差し出します。
 両方の書状を見比べながら、政職「まったく同じ書状じゃ」と浮かぬ顔。

 さらに場面がかわって、政職がやっとできた嫡男、斎(いつき)の顔を覗き込み、「かわゆいのう」とそばにいるお紺(→コチラ)に話しかけながら、「この子の将来が心配じゃ。将軍さえ暗殺される世の中。小寺家でもいつ謀反があるやもしれぬ」などと、職隆の謀反を暗に疑うようなことをいいます。
 
 官兵衛は、政職の近習として、お紺の信頼を得るようになってきていたので、お紺は政職が職隆の謀反を恐れていることを官兵衛に伝え、官兵衛がその旨を職隆に伝えます。

 「疑い深い殿じゃ
 それを聞いて、さてどうしたものかと、職隆、官兵衛の叔父の井出友氏、黒田休夢(→コチラ)は、頭を悩ませるのでした。

■ 足利義昭再び

 ところで、今回が初出の足利義昭は、これから信長との関係で何度もこのドラマに登場することになります。そこで、再度、権威回復の再興を夢見た室町幕府最後の将軍、足利義昭のことを整理しておきましょう。

 まずはウィキペディアから引用。 
 

 足利 義昭(あしかが よしあき)は、室町幕府第15代将軍。(在職:永禄11年(1568年) - 天正16年(1588年))。
 父は室町幕府第12代将軍・足利義晴。母は近衛尚通の娘・慶寿院。第13代将軍・足利義輝は同母兄。
 足利将軍家の家督相続者以外の子として、慣例により仏門に入って「覚慶(かくけい)」と名乗り一乗院門跡となった。
 兄義輝らが松永久秀らに暗殺されると、三淵藤英・細川藤孝ら幕臣の援助を受けて奈良から脱出し、還俗して「義秋(よしあき)」と名乗る。
 美濃国の織田信長に擁されて上洛し、第15代将軍に就任する。やがて信長と対立し、武田信玄や朝倉義景らと呼応して信長包囲網を築き上げる。
 一時は信長を追いつめもしたがやがて京都から追われ、備後国に下向し長らく在国したため、一般には室町幕府は滅亡したとみなされている。
 信長が本能寺の変によって横死した後も将軍職にあったが、豊臣政権確立後はこれを辞し、豊臣秀吉から山城槙島1万石の大名として認められ、前将軍だった貴人として遇され余生を送った。



 義昭が室町幕府再興のために多用したのが御内書です。義昭は、信長に祭り上げられて京に上り、第15代将軍となりますが、信長の繰り人形であることをよしとせず、自ら実権を握ろうとしますが、それは無駄な抵抗。
 そこで、義昭は御内書を多用します。武田信玄、上杉謙信、朝倉義景、本願寺法主顕如、毛利輝元などなど全国の有力大名に向かって、打倒信長の御内書を乱発するのです。
 この呼びかけはかなり効果を発揮しました。武田信玄もこの御信書で信長を討つべく上洛しようとしましたし、謙信も同様のことを考えました。
 本願寺法主顕如と毛利輝元は、三木城の別所長冶、有岡城の荒木村重を囲い込んで信長を包囲し、信長打倒も今一歩というところまできました。ここら当たりは今から、ドラマ「軍師官兵衛」の中で多く取り上げられるようになります。
 しかし、義昭は人心を得ることはなかったようです。どこか軽率で無謀なところがあり、おぼっちゃま、おぼっちゃましていて、結局、幕臣であった明智光秀も細川藤孝も義昭から離れていきましたよね。

 そんな義昭を演じるのは、吹越満(ふきこえみつる)さん。大河ドラマは2回目の出演ですね。1回目は「北条時宗」の宗尊親王役でした。

 今回、足利義昭を演じるにあたって、インタビューにこんな風に答えているので紹介しましょう。
 

 義昭は、人を利用しようとして逆に利用されてしまい、抱いている野望も要領の悪さから達成できないという不器用な人物として描かれています。人間らしくて非常にわかりやすい性格で、哀愁がただようだけでなく、どことなくかわいらしさも持っているんです。きっと、義昭が画面に出てきただけで「この人が天下をとれるわけがない」と感じるはずですし、そう思っていただかなければならないキャラクターだと考えています。
 そんな義昭ですが、乱世のなかを意外としぶとく生き残っていきます。信長に追放されると、毛利にすり寄っていって、信長が死ぬと今度は秀吉に近づくなど、彼は彼で人に利用されながらも、巧みに生き残る道を選んでいったんです。野望はかなえられませんでしたが、彼なりに乱世を渡り歩いていったんですよね。そんな義昭と向かい合ううちに、彼のことが愛おしく感じられるようになっています。
 義昭を演じる僕としては、男性には信長や秀吉、それから官兵衛という男のなかの男に注目していただいて、女性には光やおねなど素敵な女性を見ていただいて・・・・・・。その中間層の方々に義昭のような人を見ていただければうれしいですね(笑)。

(「軍師官兵衛完全読本」(産経新聞出版発行)から)

 ドラマの場面の中で、ちょっとずっこけてみたり、信長との対面では、「これでいいのか」と問うような不安な顔して、陪席している明智光秀の顔を何度も見ながらしゃべったり、確かに「この人に天下獲りは無理だわ」って思わせてますよ、吹越さん。

さっちゃん:さあ、いよいよ光(てる)さんの登場やね。

かわず:その前に足川義昭の驀臣のことを少し話そか。先週の「軍師官兵衛」では、「どこかに余とともに松永・三好を討とうという気骨のある武将はいないのか!」と憤慨する義昭さんのそばに陪席してたんは、春風亭小朝演じる明智光秀と細川藤孝やった。この2人は、織田信長や秀吉時代にも活躍したから有名やな。時代物すきやったら誰でもしってる武将や。
 
 この2人のほかに、実はもうひとり、義昭はんには有能な幕臣がいてた。和田惟政(これまさ)や。なんで、この武将の話をするかというと、この和田惟政という武将、ぼくらの住んでるここ高槻に縁が深いからやねん。


 もともとお坊さんになってた義昭はんを還俗さして、将軍にすえようと画策したんも和田惟政で、義昭はんが還俗して諸国を渡り歩くようになってからも、ずっと義昭はんと一緒に行動してた。そういう意味では、明智光秀や細川藤孝よりももっと、義昭はんに忠実な幕臣ともいえる。  
 
 その惟政さん。義昭はんが信長の力で第15代将軍となってから、信長によって高槻城主をまかされた。ほんで、1571年、松永ら三好三人衆と手を結んだ池田知正を討つため出陣して、当時、三好三人衆と手を組んでた荒木村重に、摂津国白井河原の戦い(茨木川畔)で敗れて戦死した。
 
 このとき、和田惟政の首級をあげたんが、後の茨木城主、中川清秀やねん。さっちゃんも地元やから中川清秀の名前は知ってるやろ? 
 
 茨木城主になってからも荒木村重に付き従って行動してたんやが、摂津本願寺との争いのときに、籠城してる本願寺側に中川清秀の配下が米を横流ししたのが織田方に見つかった。
 
 信長に、村重に逆心あり思われたら最後やいうんで、村重が信長のとこに陳弁にいこうとするんを、「いったん、信長に疑われたら最後や。殺されにいくようなもんや」いうて、清秀は村重を強く引きとめたいわれてる。

 そんなこんなで、結局、村重は信長に反旗を翻して有岡城にこもり、それを翻意させようと説得にいった官兵衛が幽閉されることになる。そういう意味では、官兵衛の幽閉の遠因を作ったんは中川清秀やいう見方もできる。まあ、これはちょっと牽強付会やけど。
 
 この清秀。村重が籠城を決めたときは、その判断にしたがって信長に徹底抗戦するいうてたんやが、信長から「わしの養女を嫁にくれてやる。領地も増やす」という甘い餌を与えられたら簡単にこの餌に飛びついて寝返ってる。

 まあ、乱世やから仕方ないとはいえ、あんまりほめられた武将やないな。このとき、村重から高槻城をまかされてたんが、あのキリシタン大名で有名な高山右近や。官兵衛がキリシタンになったんも高山右近の誘いがあったからやという説もある。
 
 まあ、こんな風に武将同士はつながってるんやな。近くやから、昨日、その和田惟政が敗れたいう白井河原戦場跡地とその近くにある清秀の生誕の地とされてる場所にいってきた。これがその写真や。

250531白井河原①

250531白井河原②

中川清秀、中河原②

中川清秀画像
             (中川清秀)
 
 実は、これらの場所は、俺の勤務地に近いんでなんどもいってる。これから、軍師官兵衛のドラマの中で、高山右近も中川清秀も何度か出てくるやろから、こうしてそのドラマの場所が身近にあるいうんは、ドラマそのものを身近に感じることができて楽しいな。

さっちゃん:えらい長い薀蓄やったね。ようわかったから、はよう光(てる)さんの話にしよ。

■ 光(てる)との出会い

 ある日のこと、政職は官兵衛を呼び、櫛橋氏の領内にいい狩場があるから下見にいくよう命じます。これにはわけがあるのですが、官兵衛、それとは知らず、一人で狩場の下見にいきます。
 帰り道、官兵衛は大きな木の上で少年が泣いていて、その木にどこかの姫君らしい若い娘が上ろうとするのを、侍女が必死に止めている姿を目にします。


 官兵衛は近寄り、少年に泣いてばかりいてはおりられないと声をかけ、足の動かし方を教えようとしますが、娘はそんな官兵衛がじれったくて、そんなことをするより自分で上って助けたほうが早いといいます。
 娘がまたもや、自分で上ろうとするので、「おやめなさい」と官兵衛が諭すと、娘は官兵衛に木登りができないからそんなことをいうんだと、官兵衛を非難します。
 官兵衛はあきれて、「これはとんだはねっかえりだ」と口にするのでした。

 いつの間にか泣きやんだ少年が、木の上からそんな二人の様子をみていることに気づいた官兵衛は、これなら一人でもおりられると、少年に木からの降り方を教えます。
 少年はその教えにしたがって、枝をつたいながらおりてきますが、途中で足を踏み外してしまいました。
 「あぶない!」 官兵衛が少年を抱きとめると、娘も後ろから官兵衛を支え、少年はことなきを得たのでした。

 少年の名を聞き、「なんのためにこんな高い木にのぼったのか」とたずねると、少年は「病気の母親に山桃の実を食べさせたかったのだ」と答えます。
 少年の心根に感心した官兵衛は、自ら山桃の木に登り、実のなった幾枝かを折って少年に手渡したのでした。
 そして、残った一枝を、娘に「これで仲直りです」と手渡した後、ひらりと馬にとび乗って名も告げずに走り去っていきます。娘は唖然としてその後姿をおいかけるのでした。
 この娘こそ、のちに官兵衛の妻となる、櫛橋家の次女、光(てる)(演:中谷美紀→コチラ)でした。

 このシーン。光演じる中谷美紀さんがこんな風にインタビューに答えているので紹介しておきましょう。
 「ふたりは山桃の木の下で出会うのですが、そのシーンで光としてはもちろん、私もたちまち(岡田官兵衛に)魅了されてしまいました。官兵衛さまは颯爽と木に登って山桃の実を採ると、何事もなかったかのように馬で走り去っていくのですが、その後ろ姿がなんとも素敵だったのです。岡田さんが演じる官兵衛さまは、冷静沈着で思慮深いうえ、凛々しくて威厳もたたえています。本当に頼りがいのある、懐の深い殿を体現してくださっているのです。まるで官兵衛を演じるべくして、岡田さんが生まれてきたのではないかという錯覚に陥ることもしばしばです(笑)

 チトほめすぎだとは思いますが、確かに去っていく岡田准一の乗馬姿は絵になっていましたね。

官兵衛馬上
       (戦場での馬上姿の官兵衛)

hikaru.jpg
       (官兵衛にもらった山桃の枝を持つ光)

■ 狩り場で

 それから数日後、政職は職隆、櫛橋左京亮、左京進そして官兵衛を連れて、官兵衛が下見をした狩り場に狩りにでかけました。
 山鳥を見つけた政職は、しっかり弓を張り狙いを定めて仕留めにかかりますが、残念、はずれ。
 一方で、職隆は見事、山鳥を射止め、皆から賞賛の声。
 政職を先導していた官兵衛が山鳥を見つけると、政職に山鳥が飛び立ったところを狙うよう目配せします。
 官兵衛がたちあがりざま山鳥の足元に向かって矢を放つと、山鳥は驚いて飛び立ち、その飛び立ったところを、政職が見事に射止めたのでした。

■ 官兵衛の縁談

 「お見事!」職隆が近づきそう褒めると、「いやいや、これは官兵衛の働きじゃ。そちはよい跡取りをもったのう。それに比べてわしの息子、斎(いつき)はまだ幼い。いつか、誰かに小寺家が乗っ取られるんじゃないかと、それがわしは心配でのう」と、暗に職隆をけん制するのでした。
 (このままではやばい)職隆はいよいよ隠居の意思を固めます。

 その夜、獲物を当てに、櫛橋氏の居城、志方城で酒宴が開かれました。酒宴が進み、政職に目配せされた左京亮が手を叩くと、二人の娘が酒を運んできました。
 一人は左京亮の長女、力(りき)(演:酒井若菜)、もう一人は官兵衛が狩り場の下見をしたときに山桃の木の下で出会った次女の光(てる)です。
 お互いに驚く官兵衛と光。
 渡り廊下で、官兵衛が光に話しかけます。
 「先日は、櫛橋様のご息女とも知らず、ご無礼をいたしました。
 「いえ、こちらこそ。はねっ返りでございますから
 そういう、光の目は笑っています。
 「あ、いや、どうも申し訳ござらぬ
 官兵衛はばつ悪げにその場を立ち去るのでした。

 官兵衛が席に戻ると、力の酌で酒を飲んでいた政職が、官兵衛にそろそろ身を固めたほうがいいのではないかといいます。
 そうです。今回の狩りは官兵衛と力の縁談をまとめることが目的だったのです。
 政職は、官兵衛のところに小寺の縁者である櫛橋家の力が嫁げば、小寺家と黒田家の結びつきがより強まると考えたのでした。
 
 職隆も官兵衛もこの突然の話に驚きますが、もっと驚いたのは、左京亮の嫡男、左京進と力でした。
 酒宴が終わって皆が帰ったあと、左京進は、父、左京亮に詰め寄ります。
 「父上、なぜ、力を官兵衛なんかに嫁がせるのですか。黒田家は目薬屋、商売人ではありませぬか。
 「なにをいう。前身はいざ知らず、今は黒田家は小寺の家老だぞ。それに官兵衛はしっかりいたしておる
 「あれは口がうまいだけのこと。裏でなにを考えているかわかったものではありませぬ
 左京進から悪いうわさばかりを聞かされていた力も、官兵衛に嫁ぐのは嫌だとだだをこねます。
 そんな二人に、左京亮は怒りをあらわにするのでした。

 一方、黒田家では、叔父の友氏も休夢もこの話に大乗り気です。
 この縁談がまとまれば、政職と黒田家の縁も深まり、足利義昭の御信書の件などで生まれた職隆への疑念も晴れると考えたのです。
 しかし、職隆はそう甘くはないと見ていました。このまま、職隆が家老職にとどまっていれば、黒田家は、追放されるか攻め滅ばされるかしてしまうと考えていたのです。

力
   力(演:酒井若菜)

■ 光(てる)役:中谷美紀

 なんか意外な気がしますが、光役の中谷美紀は大河ドラマ初出演なんですね。どんな光をどんな思いで演じようとしているのか、インタビュー記事から紹介しましょう。
 

 官兵衛さまの妻である光は、明るく朗らかで芯の強い女性です。やがて官兵衛さまは、主君の小寺政職に裏切られて牢に幽閉され、さらに人質として織田方に差し出した嫡男の松寿丸を殺されそうになります。そんな厳しい局面に立たされても、光は明るく強く官兵衛さまや黒田家を支えていくのです。
 官兵衛さまが城を留守にするときは、光が女城主として、持ち前の芯の強さで城を守るのですが、そんな光は、現代においても理想の女性といえるのではないかと思っています。
 彼女のたくましい姿は、現代社会で男性と対等に働く女性たちに共感していただけるはずだと信じています。光を演じるにあたっては、光と書いて「てる」と読むように、月のような存在の官兵衛さまを、太陽の光のように照らすことができればいいなと考えています。
 戦国時代を生きてきた武将たちは、領地を広げるために合戦をしたり、親兄弟でも殺しあったりしました。これは日本に限ったことではなく、世界中で同じことが展開されていました。今の日本を生きる私たちは平和ボケをしているところがありますが、この作品はそんな私たちに命の尊さを教えてくれるはずです。明日、命があるかわからない時代を生きた人たちかの大切なメッセージをしっかりお伝えしていきたいと思います。

(「軍師官兵衛完全読本」からの引用)


中谷美紀

 昨年上映された映画「利休にたずねよ」では、利休の後妻、宗恩(そうおん)役を演じて、今年の日本アカデミー優秀助演女優賞を受賞していますね。演技実力派です。役柄としてはチト、トウがたってはいますが、その演技に大いに期待しましょう。

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                  (映画「利休にたずねよ」)

■ 史実上の光

 ところで、実際の光はどんな女性だったのでしょうか。これが実ははっきりしていません。戦国時代の女性はほとんどそうですが、男性の影に隠れて表にでることが少ないのです。
 名前にしてから、「光姫」「照姫」「幸円」「幸圓」などはっきりしていません。官兵衛が大宰府天満宮に収めた「如水夢想連歌集」に「長閑(のどかに) 風のかよふ 江ならず」の返歌があり、この歌の作者が幸圓で、これが如水の妻の名という人もいるようです。でも、この名前は本名ではなく雅号である可能性が高いとか。
 光が志方城主・櫛橋氏の娘だったところまではわかっていますが、生年は不明です。つまりは光がどういう女性だったかは皆目わかってはいないのです。
 黒田系図では「光姫」となっていることなどから、大河ドラマでは「光」を採用したといったところでしょうか。では、光を「てる」と呼ぶのはなぜ? 昔は、光を「てる」と読んでいたのかな? なにやら疑問が疑問を呼びますね。
 なお、人気ブログ「坂の上のサインボード」に、「光」の読み方はこれまで、「テル」が通説でしたが、つい最近の発表で、晩年の彼女自身が建立した菩提寺である圓應寺(福岡)の蔵書から、「ミツ」とルビの記された古文書が発見されて物議を醸しているそうだという記事が載っていますよ。興味のある方は覗いてみてください。

■ 官兵衛の愛した女性は光だけ?

 官兵衛は、一生涯、光だけを愛して側室をもたなかったといわれています。官兵衛がキリスト教に帰依していたこともその裏づけになっています。大河ドラマでもこの立場で描かれています。
 しかし、これには異説があります。
 例えば、上田秀人著「鏡の武将黒田官兵衛」では側室がいたとあります。官兵衛には長政以外に子どもがいました。名前は忘れましたが、朝鮮の役の折、船で玄界灘を越えようとして遭難して死亡しました。この子が側室の子どもである可能性があるというわけです。
 官兵衛に側室がいたとなると、官兵衛のイメージが損なわれることになりそうですが、官兵衛が、本当に光以外に妻を持たなかったかというと、これも確たる証拠はないのです。

■ 天下布武

 ドラマは、官兵衛の今と、信長や秀吉の今とをシンクロさせながら展開します。
 官兵衛に嫁とりの話が持ち上がっていた頃、美濃では信長が難攻不落といわれた稲葉山城攻略に力を注いでいました。
 場面は美濃の戦場。
 秀吉が床に寝転がっていると、弟の小一郎(のちの秀長。演:嘉島典俊)が走りよってきて
 「兄者、何を寝ておるのじゃ。それどころではあるまい」といらだっていうと
 「小一郎、そうあわてるな。果報は寝て待てじゃ」ととりあいません。
 そこに、蜂須賀小六(演:ピエール瀧)が書状を手にして飛び込んできます。
 「藤吉郎、稲葉山城から書状が届いたぞ
 それは西美濃三人衆(稲葉良通(一鉄)、安藤守就、氏家直元(卜全))が秀吉の調略に応じることが書かれた書状でした。
 「これじゃ、これをまっておったのじゃ
 秀吉はその書状を手に信長のところに駆けつけます。 

 「でかした、秀吉。さあ、次は天下とりじゃ
 「これで、父、道三も報われましょう」 と、お濃もともに喜びます。

 信長は、柴田勝家ら家臣団を前にして、稲葉山城下を岐阜と改め、新しい印「天下布武」を使うことを宣言します。
 その信長の言葉に、家臣団は「天下布武」「天下布武」と口々に叫んで、気勢を上げるのでした。
 この言葉は近江にいる竹中半兵衛にも伝わり、「天下布武か。おもしろい」と、半兵衛もふっと笑みをこぼすのでした。

■ そのとき御着では

 このような中央の動きは、ほどなく官兵衛の耳にも届きます。
 官兵衛は、政職に信長が天下布武を宣したこと、岐阜では楽市(市での座商人の特権や独占を否定して、自由営業、課税免除を保証する商業の自由化政策)が行われていることなどを伝え、「ここ、御着でも楽市をおこなってはいかがでしょうか」と進言しますが、政職は「そんな商人に有利になるようなことをしてどうなる」ととりあおうとしません。
 政職には、嫡男の斎(いつき)の将来のことしか頭にないのです。
 「のう、官兵衛。わしはおことのことを我が実の息子と思うておる。この斎にとっては実の兄じゃ。官兵衛、これからも小寺家を支えて、この斎を守ってくれよ
 官兵衛もまだ若いのです。政職の本当の意図までは読みきれません。
 官兵衛は感に堪えぬ風に「我が命に代えましてもお守りいたします」と政職に誓うのでした。

■ おもわぬ顛末

 一方、志方城では、左京進の讒言を間に受けて、力が官兵衛との縁談を嫌がり、自害騒ぎを起こしていました。
 「父上、このようにまで、力は官兵衛に嫁ぐことを嫌がっておるのです。お考え直しください
 「なにを申す。そのようなことをしたらわしは腹を切らねばならぬ
 力もどうしても官兵衛に嫁げというならば尼になるとだだをこねます。
 そこに光がやってきて、鼻をむずむずさせている力を見てこういうのでした。
 「姉上。うそ泣きならもう少し上手になさらねば。鼻がむずがゆくなるのは、姉上がうそをいわれているときですよ
 そうなのです。これは左京進が仕組んだ狂言だったのです。
 「おまえたちはなにを・・・」左京亮はあぜんとするばかり。
 そこで、光はいいます。
 「姉上の代わりに私が嫁ぎます
 
 左京亮から一部始終を聞かされた職隆と官兵衛は、ただ唖然とするばかりでしたが、政職が嫁ぐのはどちらでもよいといっていると聞き、左京亮の申し入れを受け入れます。
 
 この出来事と相前後して、職隆は官兵衛に家督を譲る決意の固いことを告げます。
 「官兵衛、それが黒田家の生きる道なのだ。官兵衛、頼むぞ
 その言葉を聞いた官兵衛の頬に涙が一筋。
 ところで、このシーンについて、柴田恭平さんがこんなことをいっていますね。引用しておきましょう。
 「息子役の岡田准一君とも素敵なシーンができています。たとえば、黒田家を守るため、職隆が早々に官兵衛に家督を譲る場面。僕の『官兵衛、頼むぞ』という思いを受け取った岡田君が、ひと筋の涙を流した。台本にはなかったのですが、いいキャッチボールができたと思います。

■ 祝言の夜

 光と官兵衛の祝言の夜。官兵衛は「光どのでよかった。実は山桃の木の下で会ったときから気になっていたのだ」と打ち明け、光も「私も同じ気持ちだったからこそ自分から嫁ぎたいと申し出たのです」と告白して、二人して微笑みあいます。
 官兵衛は、また、おたつとのことも光に打ち明けます。
 「婚礼の夜に別のおなごのことなぞ知りませぬ」といいながらも、光は官兵衛の素直さを好ましく思います。
 官兵衛は「これから、二人の間では隠し事はなしだ」そういいながら、光の手を握りしめるのでした。
 婚礼を終えて数日後、おたつの墓に参る二人。それを遠くから見守るおたつの父、善右衛門。

 うーん、チトできすぎだな。

■ 義昭上洛

 場面は変わって、信長の居城、岐阜城。足利義昭が信長の招きを受け、越前から岐阜に移ってきました。
 「ここに上様の御所は造りませぬ。御所をつくる間に上洛いたすでありましょう
 「ま、まことか。余とともに上洛してくれるというのだな
 天にものぼる気持ちでにじり寄る義昭に「ははっ、誓って」そう叩頭する信長の顔には不気味な笑みが浮かんでいるのでした。

                   第4回放送「新しい門出」-26.1.26ー(おわり)

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