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姫路城 - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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姫路城

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■ 姫路城

 姫路城は、別名白鷺城と呼ばれます。その由来は諸説あって、そのひとつは黒い板張りの岡山城に対比して白漆喰総塗寵造の姫路城をこう呼んだという説。
 また、城のある丘が「鷺山」とも呼ばれたところから、という説。
 また、城が白鷺の飛ぶ姿に見えるためとか、昔からゴイサギが多くすんでいたから、などといわれています。

 世界遺産にも登録された日本の城を代表する名城です。その特徴はというと、

◇ 巧妙な螺旋(らせん)式縄張(なわばり)

 お城の要塞としての機能性は、縄張(設計、構成、仕組み)のよしあしで決まります。姫路城の縄張は、抵抗(防御)線が3重の螺旋形になった複雑巧妙なもの。これは江戸城と姫路城にしか類例のない形式です。

◇ 美しい連立式天守閣

 5重6階の大天守と3つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)でつながり、幾重にも重なる屋根、千鳥破風(はふ)や唐(から)破風が、白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめつくり)の外装と相まって、華やかな構成美をつくっています。

◇ 昔を伝える「不戦・不焼の城」

 姫路城はその400年の歴史の中で、戦にまみえることなく、近代の戦災に遭うこともなかった、たぐいまれな城です。その結果天守や櫓、門などの保存状態が非常によいうえ、ほかに類例のない遺構も多く、極めて貴重な文化遺産となっています。

 その規模をみてみましょう。

◇ 大天守の高さ 姫山(標高45.6m)、石垣が14.85m、建物が31.5mで合計海抜92m
◇ 心柱の大きさ 東西に2本、高さ24.6m、根元直径95cm、末口42cm
◇ 面積 内曲輪(うちくるわ)以内の面積は23ヘクタール(230,000平方メートル)。また外曲輪(そとくるわ)以内の面積は233ヘクタール(2,330,000平方メートル)。
 内曲輪の面積を甲子園球場のグラウンド部分(14,700平方メートル)と比較すると、約15.9倍に。また皆さんが座られるスタンド部分も含めた球場全体(39,600平方メートル)と比較すると約5.9倍になります。


■ 姫路城の歴史

 黒田官兵衛は、姫路城で生まれましたが、それは現在の姫路城ではありません。現在の姫路城は、1600年、関が原の役の功により、池田輝政が播磨姫路52万石を与えられ、築城したものです。
 その姫路城の歴史を概観してみましょう。

1333年 (元弘3年) 赤松則村(円心)、護良親王の命により挙兵。京に兵をすすめる途中、姫山に砦(とりで)を築く。
1346年 (正平元年) 赤松貞範、姫山に本格的な城を築く。
1441年 (嘉吉元年) 嘉吉の乱。赤松満祐父子、六代将軍足利義教を謀殺し、自害。山名持豊、姫路城を治める。
1467年 (応仁元年) 応仁の乱。赤松政則、姫路城を陥落し、領国を回復。本丸、鶴見丸を築く。後に一族の小寺氏、その重臣の黒田氏が城をあずかる。
1580年 (天正8年) 羽柴秀吉の中国攻略のため、黒田孝高、城を秀吉に献上。秀吉、3層の天守閣を築く。翌年完成。
1585年 (天正13年) 木下家定、姫路城主となり16年間治める。
1600年 (慶長5年) 関が原の戦の後、池田輝政が姫路城主に。
1601年 (慶長6年) 池田輝政、城の大改築を始める。9年後完成。
1617年 (元和3年) 池田光政、鳥取城へ移る。本多忠政、姫路城主に。三の丸、西の丸、そのほかを増築。
1639年 (寛永16年) 松平忠明、姫路城主となる。
1649年 (慶安2年) 榊原忠次、姫路城主に。その後、松平、本多、榊原各氏が城主に。
1749年 (寛延2年) 酒井忠恭、前橋から姫路へ。明治維新まで酒井氏が城を治める。
1869年 (明治2年) 酒井忠邦、版籍を奉還し、姫路城は国有に。
1931年 (昭和6年) 姫路城天守閣、国宝に指定される。
1951年 (昭和26年) 新国宝に指定される。
1956年 (昭和31年) 天守閣、国費により8か年計画で解体修理着工(昭和の大修理)。
1964年 (昭和39年) 天守閣群の全工事完了。
1993年 (平成5年) ユネスコの世界文化遺産に登録される。
2009年 (平成21年) 大天守保存修理工事着工(平成の修理)。


■ 黒田官兵衛と姫路城

 黒田官兵衛は姫路城で生まれました(異説あり)。父の職隆(もとたか)が小寺家の家老で姫路城主でした。官兵衛の生誕については、貝原益軒の「黒田家譜」にこうあります。

 此時雲降(くだり)て其の(その)家をおほふ。是英雄の生(うま)るる奇瑞(きずい)なるべし。又家門の繁盛(はんじょう)すべき前兆なるか、幼くして大志あり。其天性聡明穎敏(そうめいえいびん)にして、才智たくまじく、武略人にすぐれたり。勇猛英武なる事も亦(また)世に類すくなし。いにしえの和漢の良将といふとも、是に越えからす。天の縦(ゆる)せる英財にして、本朝其右に立人難し。秀吉公の播州に始て来たり給ひしより、是を助けて終に天下を平(たいら)けし事、偏(ひとえ)に孝高の知略の功なり。孝高をしれる人は、孝高よく秀吉を助けて、天下を平(たいら)けしとおもへり


 まさに最大の賛辞で官兵衛の生誕を記述しています。まあ、黒田家譜は黒田藩が貝原益軒にその編纂を命じたのですから、こんな記述になるのもやむをえないところでしょう。

 官兵衛が生まれたのは1546年、戦国時代の只中です。当時の姫路城がどんな様子であったかは史料が残っていないので明らかにはわかりませんが、砦に毛のはえた程度のお城だったと考えられています。

 NHK大河ドラマ軍師官兵衛では、その当時の姫路城が再現されていて、その写真が「NHKドラマストーリー「軍師官兵衛(前編)」(→コチラ)に掲載されているので紹介しましょう。

姫路城現る

 まさに砦といった感じですね。

■ 姫路城の見学

 姫路城は、現在、補修中です。修理工事は平成21年10月から始まっており、概ね5年間工事が続きます。
 平成21年度は、喜斎門(市立美術館側)から素屋根(大天守を覆う作業足場)の資材を備前丸(大天守南側)まで運ぶための準備にあて、平成22年度からは大天守を覆う素屋根の建設を行い、平成23年度から壁面の修復や瓦の葺き直しなどの修理工事を実施しています。
 平成26年1月から、素屋根や構台などの仮設物の撤去を開始し、平成27年3月に終了予定です。

 姫路城大天守修理見学施設「天空の白鷺」は、平成26年1月15日をもって閉館しました。大天守周辺は、平成26年1月16日から平成27年3月26日まで工事区域となりますので、残念ながら見学はできません。
 大天守は平成27年3月27日より一般公開を開始する予定となっています。
 なお、「官兵衛の歴史館」として公開中の「一渡櫓」のある上山里曲輪や西の丸周辺は、通常通り見学が可能です。

 今年の大河ドラマにあわせて、姫路城を見学したいと思っていた人にはなんとも残念ですが、これはいたし方のないところですね。

 姫路城や周辺観光施設のパンフレットなどを入手したい方は、姫路市観光案内所で、各種観光パンフレットを取り揃えていて、郵送で送ってもらうことも可能。なんと送料無料です。詳しくは→姫路市観光交流推進室 Tel 079−287−3652)まで。

■ 姫路城周辺の見どころ

 姫路城周辺の見どころのひとつに、姫路城西御屋敷跡庭園 好古園があります。世界遺産・姫路城を借景にした本格的な日本庭園で江戸情緒あふれる庭園群を、姫路城とともに楽しむことができます。詳しくは→
姫路城西御屋敷跡庭園 好古園ホームページ

 以上の情報の多くは、姫路城公式ホームページを参考にしました。より詳しくは→
姫路城公式ホームページ




 

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