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実子でも器量がなければ跡目に定めること無用

■ 官兵衛の教訓

 官兵衛は、子の長政に6か条からなる教訓状を残していますが、その中に次のような1か条があります。

 「長政にもいずれ子ができるだろうが、もしできないときは松寿(官兵衛の妹の子)を跡目に定めること。しかし、不器用(器量がないこと)であれば、松寿はいうに及ばず、実子であろうと跡目を定めることは無用である。」 

黒田官兵衛語録
 



 なにやら三国志の劉備玄徳の諸葛亮孔明への遺言を思い出させますね。
 劉備玄徳も死に際して、諸葛亮孔明にもし自分の子どもに将としての器がないと判断したときは、孔明が蜀を治めるようにと遺言を残しています。

 これは領主の世襲が当然であった当時からすると、大変思い切った教えだと思います。通常なら、子に将としての器がないときは、家臣みんなでその子をよく支えてくれと遺言するところです。
 それを実子に跡目を継がすことは無用と言い切るのは、家系によって国を治めていた戦国時代や江戸時代にあっては革命的ですらあると思います。

 秀吉も秀頼を溺愛し、秀頼の天下を磐石ならしめるためにあらゆる手立てを講じて、それが逆の家臣の不信を招き、豊臣家の滅亡へとつながっていきます。世襲で国を失う例は枚挙に暇がありません。

 その点、官兵衛は子に将としての器がなければトップにいただく必要がないというのですから、合理的、先進的な思考を備えていた武将だったといえるでしょう。

■ 黒田騒動

 しかし、残念ながらこの官兵衛の教訓はいかされませんでした。長政はわが子、忠之に将としての器量を疑いながらも、家老栗山大膳に補佐と後事を託して、忠之を跡目に据えます。
 忠之は決して暗愚とはいえなかったようですが、奔放な行いが多く、たびたび大膳との間で衝突を起こし、遂には幕府をも巻き込むお家騒動に発展、黒田藩は改易の危機を迎えたのでした。これが加賀藩、伊達藩と並ぶ「三大お家騒動」の1つ、黒田騒動です。
 詳しくは別項に譲りますが、秀吉や家康の動静を細心の注意を払って観察し、わが身、わが家族、わが藩を守りとおした官兵衛は、こんな子孫の行いを黄泉の国から苦々しく歯噛みしたい思いで見ていたことでしょう。


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