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第9回放送「秀吉という男」-26.3.2ー(その①) - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

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第9回放送「秀吉という男」-26.3.2ー(その①)

■ 官兵衛と半兵衛

 官兵衛と竹中半兵衛は、二兵衛または両兵衛と称された秀吉の軍師である。そのはじめての出会いが、今回「官兵衛試される」の冒頭場面だ。

 「NHK軍師官兵衛ドラマストーリー 一」(→コチラ)は、前川洋一の脚本を青木邦子がノベライズ(小説化)したものだが、この本では光成に案内されて、官兵衛が半兵衛に会いにいった先は、長浜城内にある小さな畑で、そこで半兵衛が鍬を手にして畑を耕していることになっている。

 しかし、テレビでは半兵衛は裏庭で瓢箪を収穫していた。瓢箪はいわずと知れた秀吉の馬印。

千成瓢箪

 演出段階で、鍬が瓢箪に化けたのであろう。
 秀吉が瓢箪を馬印に用いた由来はこうである(サイト「
古橋懐古館のつれづれ日記」から引用)。

 木下藤吉郎が、美濃の稲葉山城に斉藤龍興を攻めた際、軍師竹中半兵衛の進言により、堀尾茂介を案内として城の搦め手(裏門)に廻り、成功の暁には水筒として腰に付けた瓢箪を棒の先に掲げて振り、これを合図に表門から攻撃を開始し、表裏から攻めたて、さしもの堅固な城も落城した。この功により信長より馬印を許されたので、この瓢箪を馬印とすることヽし、「一勝毎に一を加え、以て千と成さん」と、その後合戦の度にその数を増していったので、人呼んで千成瓢箪といったという。


 千成瓢箪の話はさておき、官兵衛と半兵衛。
 「お初におめにかかります。黒田官兵衛でござる。お会いできて光栄です。竹中様のご高名はかねがねおうかがいいたしております」と嬉しそうに官兵衛。
 「竹中半兵衛でござる。はて、ご高名とはどのような?
 「わずか17人の手勢で稲葉山城を乗っ取られたこと。そののち、秀吉様の軍師となられてからの数々のお働き。おうわさは播磨の隅々にまで知れ渡っておりまする
 「くだらぬ。さような話、うわさにすぎませぬ。真偽のほども定かでないものを、むやみに信じるのはいかがなものでござるかな。秀吉様はお手前を切れ者だと仰せだったが・・・。殿の悪い癖でござる。一度会うただけで、すぐに人を信用してしまう・・・。それがしはさにあらず」
 半兵衛は続けていった。
 「お手前にうかがいたい。播磨は大小の地侍が城をかまえ、小競り合いが続いておる。それを官兵衛どのはいかにしてまとめなさるつもりか。
 官兵衛はまってましたとばかりに勢いこんで答えた。
 「武力をもって平定するには何年もかかるうえに、多くの兵を失いましょう。されば、あたう限り戦を避け、それがしが播磨の主だったものを説き伏せてごらんにいれまする
 「くだらぬ。そのようなこと、誰でも思いつく。それがしが聞きたいのは、ほとんど毛利になびいている播磨の形勢をいっぺんに変える手立てでござる。われらは悠長に構えている暇はない
 官兵衛、ぐっと詰まるが意を決していった。
 「今、播磨において、大をなすは、御着の小寺、三木の別所、龍野の赤松。この三家の当主をそろって信長様に拝謁させまする。さすれば、他の中小の諸豪も競って織田になびくは必定
 「ほう、さようなことができますかな? 三木の別所はこれまで織田方だったが、このところ家中でもめている様子。赤松と小寺は長年の宿敵。そのような相手と手を組むことができまするか?
 「確かに容易ではないでしょう。されど、ほかに手立てはありませぬ。必ずや説き伏せてご覧にいれまする
 「されば、お手並み拝見といたそう
 半兵衛はそういうと、官兵衛に背をむけて、収穫した瓢箪を手に屋敷内に入ってしまった。官兵衛は半兵衛に試されたのである。

■ 官兵衛と半兵衛の初めての出会い

 ドラマでは、このように官兵衛と半兵衛は、長浜城内で初めてであったようになっているが、実は、史実上ははっきりしていない。

 特に史実に忠実に、黒田官兵衛の軌跡をおった、諏訪勝則著「黒田官兵衛ー「天下を狙った軍師」の実像ー(中公新書)」(→コチラ)では、秀吉にによる1577年の作用城、上月城攻めの折ではないかとしており、官兵衛についての小説本もそのように解釈しているものが多い。
 一方、稲葉山城を奪取して後、これを主君斉藤龍興に返還して隠棲しているところに官兵衛が訪ねていったと書いている小説もある。じっさいのところは、よく、わかっていなのである。
 前出の「天下を狙った軍師の実像」では、「ちなみに、いつの頃からいわれたかは不明であるが、二人を称して『二兵衛』『両兵衛』ともいう。一般的に両名は行動を共にすることが多かったように思われているが、実際のところはごくまれであった」記載されている。

 では、はじめて二人があったときのお互いの印象はどうだったのだろう。これについても、相異なる解釈をする小説本がある。
 二人がどのような印象をもったかということは、実際、その二人になってみねばわからないことだから、その小説がどのような立場で書かれているかによって異なるのはいたし方のないことである。
 当初からお互いに意気投合して、その力量を認め合うこととなると解釈したもののひとつに、嶋津義忠「竹中半兵衛と黒田官兵衛」(→コチラ)がある。その部分を引用しよう。

 ー略ーこういう男(注:官兵衛のこと)の心底には、信じるに足るなにか確かなものが秘められているものである。この男なら、おれの話もわかるのではないか、と(半兵衛は)思う。
 半兵衛は己の酒盃に酒を満たし、官兵衛のそれにも酒をついで、
 「ご存知かな。天下は天下の天下、一人の天下にあらず」
 官兵衛は、にこり、として、
 「六韜(りくとう)でござるな」
  「やはりご存知だったか。官兵衛殿だけではない。この言葉を知っている者は多くいる。むろん、意味もわかっている。しかし、誰一人、この言葉の重みを考えた者はない」
 「-」
 「誰が天下を手中にするか、実は、そんなことはさほど重要なことではないのだ。天下を取ったあと、どのような政(まつりごと)ができるか。またなさねばならぬか、そのこと以上に大切なことはない。天下は万民のものなのだ。万民のための政、天下を目指すものは、常に、そのことを考えていなければならぬ」
 官兵衛は目を閉じ、半兵衛の一言一言が己を貫くままに任せていた。衝撃を受けた。このように話す武人を官兵衛は知らない。ここに、己とはまったく違った型の人物がいる。その違いは官兵衛の理解をはるかに超えていた。それでいて、どこかで相通じるものが感じられる。なにやら熱いものが感じられる。なにやら熱いものが官兵衛の体を満たしていく。


 これに対して、真逆の解釈もある。火坂雅志「軍師の門(上)」(→コチラ)は、官兵衛が半兵衛とはじめて会った後の印象をこう書く
 

 官兵衛は、くるぶしまで降り積もった雪を踏みしめて歩いた。
 むしょうに腹が立っている。
 胸に抱いていた虚像が、もろくも崩れた。腹立たしいのは、その虚像に自分が振り回され、ありもしないきらびやかな妄想で、竹中半兵衛を飾り立てていたことである。
 (考えてみれば・・・)
 相手は、自分と4つしか年の違わぬ22歳の若者ではないか、と官兵衛は思った。まことの知恵者と信じるから、教えをこうためにはるばる訪ねていったが
 (あれは、ただの抜け目のない野心家だ・・・)
 期待がおおきかっただけに、官兵衛は心底落胆した。人を見る目のない自分に、つばをはきかけたいような気分だった。


 今回のドラマの官兵衛の半兵衛初見はどちらかというと、後者に近いね。
 (なお、竹中半兵衛 演:谷原章介については→コチラ

          竹中半兵衛(谷原章介)
    (竹中半兵衛 演:谷原章介)
       第9回放送「秀吉という男」-26.3.2ー(その②)に続く


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