ダイフルカン

官兵衛の成人と結婚 - 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いい記事だなって思ったらポチっと応援をお願いします。

にほんブログ村

大河ドラマ・時代劇 ブログランキングへ

官兵衛の成人と結婚

官兵衛の生涯から続く

かっぱ:この前は、官兵衛はんのご先祖さんのことを話したから、今夜は官兵衛はんの成人してから結婚するまでの話をしよか。

さっちゃん:あのさあ、先週あんたが作ってくれたおいしい肴の当てがあったやん。山芋と明太子を和えたやつ。あれ、作ってよ。そしたら、仕方ないから、あんたの話も聞いたげる。

かっぱ:ほんまか。ほならすぐに用意するよって、ちょっと待っててな。

かっぱ:さあ、できたで。これは「たたき山芋の明太子和え」いうて、瀬尾幸子さんが作りはった「おつまみ横丁」(→酒飲み必携「おつまみ横丁)に載ってる1品やねん。俺はさっちゃんも知ってのとおり、この本が大好きやからな。ホンマ、この本に載ってる酒の肴は作るの簡単やし、それにおいしい。

250612おつまみ横丁本 

 今日のたたき山芋の明太子和えのレシピはこうや。

① 長芋は皮をむいてポリ袋に入れ、すりこぎや空き瓶などでたたいて2cm角ぐらいの大きさに砕く。
② 明太子は、スプーンでしごいて中身を出し、薄皮をとる。
③ 長芋と明太子を和えて器に盛り、貝割れ大根を添える。
  (材料1人前:長芋5cm分、辛子明太子大さじ1、貝割れ大根少々)


250612たたき山芋 

 さあ、これを当てにしながらビールでも飲んで、俺の話を聞いてくれるか。
 前回話したんは、官兵衛はんの親父さん、職隆(もとたか)が播磨国中央に勢力を持つ小寺政職(まさもと)に仕えて姫路城の城代を任され、小寺氏の家老にまで昇進したいうとこまでやったな。
 官兵衛はんが生まれたんは天文15年(1546年)のことや。1500年代いうと、ヨーロッパではルネッサンスと宗教改革の時代やな。日本は戦国時代末期から安土桃山時代を経て豊臣政権の樹立、1600年の関が原へと続いてる。1546年いうたら、ちょうどその真ん中で、足利義輝が第13代室町幕府の将軍についた年や。けど、その室町幕府も末期症状を呈し始めていて、それをいいことに全国に群雄が割拠し始めてる。まさに戦国時代の渦中や。
 武将の年齢をみたら、武田信玄26歳、上杉謙信17歳、信長13歳、秀吉10歳、家康5歳、竹中半兵衛3歳いうとこや。天下人奪取レースに出遅れた武将としては伊達政宗が有名で、政宗は1567年の生まれやから、これらの武将とはかなり年の開きがあるけど、まあ、年齢だけをみると、官兵衛はんもちょっと出遅れてる。このことをして、官兵衛はんが天下を狙えなんだ原因に上げる歴史家もいてるんやで。

さっちゃん:へえ、あんたにしてはよう調べてるやん。折角やからビール1杯注いだげる。はい、どうぞ。それにしても、この山芋明太子いけるわね。山芋の代わりにじゃがいもでもいい感じ。

かっぱ:確かにじゃがいも明太子もええな。そりゃ、俺が作ったんやからな。うまないわけない。
 さて、官兵衛はんや。姫路城の城代の息子として生まれてすくすく育ちはった。けど、10歳のとき(14歳のときとの説もある)にお母さんが亡くしてしもた。そんな多感な年頃に母親を亡くすいうんは悲しいこっちゃ。
 お母さんの死はそれからの官兵衛はんの人生に大きな影を落とすことになったやろな。官兵衛はんのお母さんは、明石城主、明石正風の娘で、その明石正風は関白・近衛稙家(たねいえ)に歌道を授けたいうぐらい歌の達者な人やったから、官兵衛はんのお母さんも歌に秀でてたらしい。お母さんが死ぬと、官兵衛はんは塞ぎ込むことがおおなって、弓馬や武術の稽古もせんと、部屋にこもって歌の書を読み続けて、職隆さんに心配をかけたらしいで。
 そんな危機も乗り越えて、16歳のとき、官兵衛はんは政職の近習として御着城勤めとなった。翌年には初陣を果たして元服もしてる。1人前の大人になったいうこっちゃな。そして、永禄10年(1567年)、22歳のときに政職の姪で小寺家の支城、志方城主の櫛橋氏の娘、光(てる)を正室に迎えてる。
 これはまぎれもなく政略結婚やった。政職は、家老の職隆・官兵衛親子を小寺家の重臣、櫛橋氏と結びつけることによって、より小寺家の安泰を図ろうとしたんやな。譜代の中には「あの目薬屋上がりが」と職隆親子を見下げる者もいたようやけど、もはや小寺家にとって、職隆親子は欠かせん存在になっていたんや。
 政略結婚やったけど、2人の仲はよかった。なんてて、一夫多妻が当たり前、特に戦国の世の武将は世襲制で、子どもも今と違って小さいうちに死ぬことも多かったから、息子、娘をどんだけ多くもうけるかも武将の器量のひとつと考えられた時代に、官兵衛はんはお妾さんをもたんと、光(こう)さん一筋に生きたんやからな。なかなかできんこっちゃ。

黒田官兵衛語録
 
さっちゃん:ふーん、そうなんや。たいしたもんやね。あんたももうちょっと官兵衛さんを見習わんとあかんわね。

かっぱ
:なにいうてんねん。俺はさっちゃん一筋やで、ホンマに。冷や汗がでてくるやん。今日はちょっと疲れ気味やな。話はここら辺にして、なあ、さっちゃん、ええことしよか。

さっちゃん:え、また、ビデオ観るのん?

かっぱ:違うやん。ホンマにええことしよ。なあ、明太子食べて元気もりもりやし。


いい記事だなって思ったらポチっと応援をお願いします。

にほんブログ村

大河ドラマ・時代劇 ブログランキングへ


コメント
非公開コメント

いい記事だなって思ったらポチっと応援をお願いします。

にほんブログ村

大河ドラマ・時代劇 ブログランキングへ

トラックバック
当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます 
Copyright © 軍師官兵衛-NHK大河ドラマ-プラットホーム All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。