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秀吉の嫉妬

■ 秀吉と官兵衛

 秀吉が天下人になってから、あるとき、側近の誰かにたわむれに、「殿下なきあとに天下を獲る者があるとしたらそれは誰か」と尋ねると、秀吉は並み居る大名の名前を口にせず、「それは官兵衛である」と答えたといいます。
 秀吉は官兵衛の実力を認めると同時に、ひょっとするとその実力は自分以上かもしれないと、官兵衛に恐怖と妬心を感じていたというのです。
 この秀吉の官兵衛に対する感情を、官兵衛を描いた作家たちはどのようにとらえ、表現しているでしょう。見ていきたいと思います。

■ 司馬遼太郎「播磨灘物語」

 まずは、司馬遼太郎の「播磨灘物語」から。
 以下は、播州攻めの際の官兵衛に対する秀吉の思いです。

「・・・(前略)・・・ともかくも、そういう秀吉が、この播州攻めというかれの人生の一段階において、それ以前にはかれを把らえたことのない嫉妬という感情をもつにいたる。そのぶんだけ、かれの透明度が曇ったといえるかもしれない。
それ以前の秀吉は、信長に仕えることに懸命で、さらには織田家のあらゆる家臣が、かっての自分よりも上の身分であったために、それらへの競争心をおこしても嫉妬心は出てこなかった。
秀吉が、信長によって長浜20万石という大名にされてからのはじめての大仕事は、この播州でのことどもである。
播州人からみれば、
― 羽柴など、なにやら、どこからか舞いおりてきたような。
というのが、共通の印象だった。秀吉自身も、わが身のことながらそう思っている。天の一角から、それまで縁もなかった播州に舞い降り、姫路という耳馴れぬ地名の郷(さと)を橋頭堡として、7500の兵とともに、ちょうど水草のように浮かんでいる。
なじみもなく、気心も知れぬ土地に、突如きて腰をおろすという放胆なことができたのも、官兵衛のおかげである。
その後、播州の政治工作は官兵衛にまかせておけばよいと思った。むかし、信長が、美濃に対する政治工作を自分にまかせてくれたように、である。
官兵衛はよくやった。
その情報分析力には秀吉も舌を巻き、打つべき手にそつはなく、ときに意外な発想の奇手を用いるが、よく聞けば意外ではなく、堅牢な現状認識から出ている。
(むかしのおれと同じだ)
と、秀吉は思ったし、ときにおれ以上ではないかと思うこともあり、さらには官兵衛には身についた教養というものがあって、そのことは秀吉の及ばぬところだった。
(馬上の槍働きができぬところも、わしに似ている)
何もかも似ていて、しかも才がときに秀吉より大きく感じられるのは、どういうことであろう。それに、40の坂をいくつか越えてしまった秀吉にとって、官兵衛がまだ30歳そこそこというのがうらやましい。ようやく肉体の衰えを感じている秀吉からみれば、官兵衛の前途には陽光に満ちた春秋が富んでいるように見える。


 播州攻めは、秀吉が官兵衛を知ってまだ初期の頃のことです。これから三木城の干殺し、鳥取城の兵糧攻め、高松城の水攻めと、官兵衛の奇抜な発想と行動力が発揮されていきます。
 そんな官兵衛を、秀吉は一方で信頼し、他方で恐れ、心の奥底に妬心を隠して眺めていくことになるのです。


              秀吉     黒田官兵衛語録
              (秀吉)            (官兵衛)


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